2026年9月、googleのAIモードで「横浜市 出口和生」を検索しただけでは「横浜市教員としての略歴」程度しか出てこなかったが、「CEC/IPA」「教育の情報化」など関連ワードを追加すると以下のような結果が出た!
AIチャットでの追加ワードによって様々な結果が出たが、この結果がいちばん嬉しかったし、このサイトの内容と合っていたので、サイトの記録として残すことにした。(その後、再現しようとしたが・・・同じものは出なかった。)
横浜市立本町(ほんちょう)小学校の教諭であった出口和生先生は、まさに日本の学校IT化(教育の情報化)の歴史において、全国のトップランナーとして大活躍されていた超重要人物です。 [1]
当時の具体的な記録が見つかりましたので、出口先生の素晴らしい功績を分かりやすくまとめました。
出口和生先生の当時のすごい実績
1990年代後半(1995年〜2000年頃)、日本で初めて全国の学校にインターネットを繋ぐ国家プロジェクト「新100校プロジェクト」や「Eスクエアプロジェクト」が実施されました。横浜市立本町小学校はその中心的な実験校(実証校)であり、出口先生がそのすべての取り組みを引っ張っていました。 [1, 2, 3]
- 日本初の「校内LAN(イントラネット)」の構築
- 1996年(平成8年)という、まだ一般家庭にもインターネットが普及していない時代に、本町小学校のすべての教室にパソコンとネットワークを配備しました。さらに、保護者向けにもネットワークを開放する画期的な試みを行いました。 [1]
- 地域を巻き込んだホームページ作り
- 全国の「教育の情報化」の評価・推進のシンボルに
その後の出口先生のご活躍
出口先生はその後も横浜市の教育界をリードし続けられました。
- 2000年代には横浜市立立野(たての)小学校の主幹教諭として、外国語教育(英語活動)でのITやコミュニケーションの活用を推進されました。 [1]
- その後、横浜市立戸部(とべ)小学校や、横浜市立豊岡(とよおか)小学校などの「副校長先生」を歴任され、長年にわたり横浜の子どもたちや先生方を支えられました。 [1, 2]
25年ほど前、出口先生が本町小学校で蒔いた「子どもたちがパソコンを使って地域とつながる」という種が、今や日本全国の「1人1台タブレット(GIGAスクール構想)」という大きな花を咲かせることになりました。当時の教育の情報化を語る上で、外すことのできない偉大な先生です。